記事一覧
  • 2000/08/17

    雑文

    しばらく閑粒リニューアル作業をしていて、雑文もちっとも書いてませんでした。日々粒もすっかりほったらかしやし。またボチボチなんか書いていこうかな、と思っています。 ...

  • 2000/04/14

    雑文

    そろばん塾で暗算は習ったけど、特別得意ってわけでもないけどなぁ。あ、あれは人の名前やったか、レインマン・・・。恒例の掴み損ないも無事済み、さて今回の話は僕が雨男 ...

  • 2000/03/13

    雑文

    久しぶりに書いたと思えばいきなりこういうおっさんギャグ。行き詰まりを示すには十分過ぎる。さて、勢いでタイトルをつけたけれど、これからどうやって本文を書いていこう ...

  • 1999/11/28

    雑文

    なんやかや言うて秋らしい秋もないまま冬になっていくんかなぁ、なんて思っております。急に冷えたわぁ、思たら暖くなるし、どないやっちゅうねん。ま、それはさておき、急 ...

  • 1999/10/05

    雑文

    あれ、よう考えたら9回目やないか。次は10回目かぁ。いや、回数を問題にしてるんやなくて、第一話で10回続くかなぁ、みたいな話をしてたもんやから。もしかしたらこれ ...

一体何を知りたいのか

  • 雑文

 しばらく閑粒リニューアル作業をしていて、雑文もちっとも書いてませんでした。日々粒もすっかりほったらかしやし。またボチボチなんか書いていこうかな、と思っています。思っていますだけ。

 

 最近は辞書も電子の時代ですね。通販のCMを見ていると、ポケットにすっぽり、どこでも簡単に調べることができます、これは便利だ、とかなんとか言うてます。実際は紙の辞書を引く方が早いやんけ、とか、電池が切れたらどうしようもないやん、とチャチャを入れておりますが、今回はそういう話ではありません。めっちゃ便利なその電子辞書で一体何を調べるのか、というお話。

 

 大体CMを見ていると、手紙を書いている時に言い回しが分からなくて調べよう、というのやら国語の勉強中にあれなんやったっけ?って調べるのやらが出てますね。そういうシチュエーションはよう分かります。僕も手紙を書く時に辞書を手放すことができません。というより、最近は漢字を忘れがちなので確認のために使うこと多々ありですが。

 

 それはさておき、テレビを見ていてですね、あんたは一体何を知りたいねん、と思わず突っ込みたくなる検索例が出て来るのが気になるのでした。

 

 とあるCMのオープニング、これが知りたかったのよとおばちゃんが差し出したその電子辞書の画面には「魑魅魍魎」の四文字が。うん、確かにそらで憶えるの大変やし、こうやって画面に出て来るのを写すと便利やね。迂闊に使って意味合いが違ったら大変・・・、ちが〜う、おばちゃん、どういういきさつで「魑魅魍魎」を調べたんや。普段の生活で使いますか、「魑魅魍魎」。姑の知られざる実体を垣間見て実家の母に伝えようとしたのか、おばちゃん。それとも他人には言えないものを見て霊能者に手紙をしたためているところやったのか。というか、そういうのを一般例として挙げていいのか、広告会社の人よ。

 

 他にも首を傾げるようなんがいっぱいあったと思う。そんなん知らんで受験は大丈夫かと突っ込みたくなる受験生が調べていた英単語。もっと他に適切な例がいくらでもあると思うのになぁ。何万語と載っているはずなのに。それとも特殊な辞書やったんかな。あるいは状況に合わせて適切な語句をピックアップしてくれる辞書やったんかも知れん。

 

 まぁ、でも、製作者サイドとしてはかなりの出来栄えであったのだろう。最後に値段とともにアップで映されていた電子辞書の画面には、「明鏡止水」の文字が満足げに映し出されていたのだった。どないやねん、っちゅうねん。あ、もしかしたら期限ギリギリまで撮り直してようやく満足のいくのができたっていう心境を表したかったんかもね。

 

 むぅ、ネタとしては面白いかな、と思ったんやけど、久しぶりに書いたのでどうも文章がパリッとしないのやった。えっと、こういう場合はどない言うたらええんかな。支離滅裂でよろしいでしょうか?

 

 やっぱり落ちませんでした。

カテゴリー
タグ

雨男

  • 雑文

 そろばん塾で暗算は習ったけど、特別得意ってわけでもないけどなぁ。あ、あれは人の名前やったか、レインマン・・・。

 

 恒例の掴み損ないも無事済み、さて今回の話は僕が雨男やというのですわ。

 

 世の中にはどっか出かけると必ず雨やわ、とか、絶対晴れなんよ、いう人がいてはります。雨男とか晴れ女とか。曇男って聞いたことないなぁ、そういや。雪女ってのはまた違う話やし、ひょう男なんてヒマラヤかどっかで見つかるか見つからんか言われてそうやし(む、ヒョウはアフリカ?)、あられ女なんて「んちゃ!」とか言うてそうやもんなぁ。風男ってのはなんかカムイ列伝を想起させるし、雷女はラムだっちゃ。地震男、火山女、台風男、雪崩れ女、小春日和男、八十八夜女。それは天候なんか、というのはさておき、そこまで来ると、ある意味宝くじに当たるよりすごいような気もしてくる。

 

 何はともあれ、僕は雨男なのだった。小春日和男じゃなくてよかった。娘を嫁にやるお母さまには人気が出そうやけど。

 

 どれくらい雨男なのか。修学旅行は全部雨でした。小学校の伊勢、中学校の九州、高校の沖縄。全部雨。他にも、大学のゼミ旅行で金沢に行った時はその年の初雪が降ったっけ。なんか行事がある度に雨が降っていたと思う。ちょいと遊びに行ったモルディブでもきっちりスコールにやられたな。他にも数え切れないくらい雨についてこられたなぁ。学生の頃、それこそ干ばつで困っているエチオピアに雨を降らせに行こうかと思ったくらい雨男っぷりがよいのだった。

 

 その雨男っぷりもここ数年下がり調子やったんですけど、ここ一年ほど、またメキメキぷりを上げてきたのだった。もしかしたら運動不足で体内が低気圧っぽいのかなぁ。献血でチェックするのでは血圧は普通やったけど。そういや最近指圧に行ってないな。ま、それはええねんけど。

 

 先月の末に台湾から友達が遊びに来た時のこと。ちょうど近畿地方が大雨になるという日で、京都は雨になると思った彼女はわざわざ大阪まで出てきて僕と茶をしばいていたのでした。あ、「茶をしばく=お茶をする」です。その間は降るとか言うてた雨が一向に降らんかったので、あぁよかったなぁ、と思っていたのですが、彼女が京都に帰った途端、空一面に稲光が走り回り、これでもかというくらいの嵐になったのでした。ま、パズーのお父さんなら楽勝で帰ってこれるくらいやったけど。ま、とにかく、帰るまで貯めとったんか、いうくらいすごかったのでした。

 

 その二日後にも京都で落ち合ってぶらぶらしたんですけど、その時もきっちり雨が降りました。しかもめっちゃ冷えたし。聞くところによると彼女は晴れ女で、一人でぶらぶらしてる時はずっと晴れてたらしいので、あんたか〜!ということになったのでした。面目ない。

 

 それから先日、その友達の香港の女の子が来阪しはったのでちょっとだけ会った時のこと。やっぱりその日も雨が降る、雨が降ると言われていて結局一緒にいる間は降らなかったんですけど、駅で別れた途端ザーッと雨が降りだしたのでした。へこみましたよ、ほんま。

 

 まぁ、もちろん僕一人の力で雨を引き寄せているのではないんやろけど、ここぞという時に雨が降るとなるとほんまたそがれてしまいますわ。かはたれてしまってもいいけど。雨は嫌やなぁ、いう時、重たくてでかい荷物持ってるとか、そういう時にですね、なんでわざわざ降るかな。どこにも行く用がない時に限って雲一つない晴天ってのが多いし。そりゃうぐいすも平安京も泣くよ。

 

 その程度のボケじゃあ、気分は晴れないよ・・・。む、フォークがほとんど落ちんかったわい。じゃあ、あぶったイカ、あ、それはちゃう歌やった。

 

 それでも雑粒は続く。

カテゴリー
タグ

邪道でどうじゃ?

  • 雑文

 久しぶりに書いたと思えばいきなりこういうおっさんギャグ。行き詰まりを示すには十分過ぎる。さて、勢いでタイトルをつけたけれど、これからどうやって本文を書いていこうか。

 

 藤井寺の駅前の商店街に「藤(ふじ)」という名前の喫茶店がある。松原の駅前には「松(まつ)」という喫茶店があるし、恵我之荘の駅前には「恵(めぐみ)」という喫茶店が、土師ノ里の駅前には「土(つち)」という喫茶店がある。それぞれ近鉄系列の喫茶店とのこと。もちろんウソである。ごくごく一部の人にだけ受けたかな、と思うけど、いかがでしょうか。

 

 で、その「藤」という喫茶店に齢三十にして初めて立ち寄ったのだった、多分。ちょうど昼時、お腹が空いていて、何となく気分はカレー曜日だったので、メニューの片隅に載ってあったカレーライスを注文した。

 

 所詮喫茶店のカレー、レベル的にボンカレーだろうと思っていたけれど、これが実は本格的に作られたカレーであることが判明。カレー好きの僕に思わずスパイスの調合をあれこれ考えさせるほどおいしいカレーであった。メリケン粉をルーに使ういわゆる英国系のカレーである。最近藤井寺界隈でおいしいものを食べる機会が減ったので、これは嬉しい発見であった。機会のある方はぜひお立ち寄りください。藤井寺駅の南手の方にあります。

 

 本格カレーならば邪道ではないではないか。その通り。でも僕が今回書きたいのはそれについていた生卵のことである。あ〜、ちょいと待たれi(iMode風)。何事につけ(大きくピントのずれた)本格を求めている僕やけど、何も本格的でないからアカンというつもりはない。邪道には邪道の良さがあるし、そもそも邪道か否かは支持するものの多寡に依存するのであって本質的に本道とか邪道とかがあるわけではない。書いている内に何が言いたいのか分からなくなってきたけれど、兎に角、え〜と、とにかくカレーに生卵を入れるのってええ感じやんと言いたいのだった。

 

 思えば僕が小さい頃はカレーに生卵は付き物やった。辛口は言うに及ばず、ボンカレーの甘口(というか、もはやあれはカレーでないような気もするけど)にすら生卵を割って入れていた。本来はカレーの辛さを生卵によって緩和しようというのが狙いであろう。

 

 ところが生卵というのはチンしたらまたたく間に固まる上に暴発して掃除の手間を増やすくせに、ことカレーにぽとりと落としただけではなかなか固まらないという、なんとも偏屈な食品である。カレーに混ぜ込むとじょるりとした食感になってあまりいいものではない。ロッキーの気持ちがなんとなく分かる。熱々の温泉がいきなり水風呂になるかの如く、カレー本来の持ち味であるアチアチ感を奪ってしまうのもあまり褒められたものではない。そのような点から最近のグルメ志向の風潮の中では、カレーに生卵を落とすのは邪道とされているようである。正直なところ、僕も邪道やと思う。思っていました。

 

 が、久しぶりに生卵を落として食べてみると、懐かしいのもあるけれど、これが結構いけるのやった。なんでかなぁ、と色々考えていたけれど、それは生卵のSサイズを利用することによって熱の低下を最小限に抑え、なおかつ辛い目に作ったカレーにほどよい甘味を加えることでまろ辛い味にするという喫茶店「藤」のおばちゃんのきめ細やかな心配りに寄るものであると判明したのだった。

 

 これならきっと海原雄山も荒岩主任もミスター味ッ子も将太も納得するだろう。あ、将太は寿司か。なんでもやりすぎたらアカンのは当たり前であって、ほどほどがよい。今回のカレーに生卵も家庭で使われる大きめの卵を使ってカレーの種類を問わず入れたりするから邪道やと言われるのであって、うまくバランスを見極めればちゃんと本道になるんやなぁ、としみじみ思った次第。なんでも十把ひとからげにして単純にええか悪いかだけ考えるんやなく、それぞれの食材を活かしつつバランスを見極める目が必要なのではないか。

 

 たかが生卵、されど生卵。そう珍しくもないものから物事の本質を垣間見た気がする・・・。やっぱりオチませんでした。

カテゴリー
タグ

げぼ薬

  • 雑文

 なんやかや言うて秋らしい秋もないまま冬になっていくんかなぁ、なんて思っております。急に冷えたわぁ、思たら暖くなるし、どないやっちゅうねん。

 

 ま、それはさておき、急に冷えたりすると体調を崩したり、風邪を引いたりします。喉が痛いのは難儀ですよね。唾を飲むのすら辛い。昔はごっつい綿棒のついた「のどぬーる」とかいうのを使ってましたが、あれはきついです。かーっ、うぇ。喉の痛みに加えてえづくので涙がとめどなく溢れてくる。しかし、あれはなんで首から上が前に行ってしまうんでしょうか? そうか、気道が塞がれるんか、あごを引くと。

 

 最近は「のどぬーるスプレー」とかいうのがあるので、「かーっ、うぇ」からは解放されるようになりました。沁みて痛いのは変わらんけどね。それに結構望みのところに当てるのが大変で、山ほど甘苦い液を飲まんならんことしばし。

 

 それに比べて鼻水とか熱が出るとか悪寒がするとか、そういうのは痛みという点ではマシですね。しんどいのには変わりないけど。でも、ティッシュでかみすぎると鼻が痛くなるけど。そんなときにたまたまニキビなんて出来てたら最悪。

 

 しまった、前振り長くなってもた。

 

 今回書こうと思ったのは風邪薬の話です。子供用の。他の病気の薬もよう似たもんなんかなぁ。

 

 こないだ外食したときに甥っ子が食後の薬を飲んでいました。あの柔らかいプラスチックのボトルに入った液体の飲み薬。病院に通ったらもらえるやつです。あれ、ちょっと匂い嗅いで舐めてみたんですけど、おいしいですね、最近のは。ちょっといけてないカルピスウォーターみたいでした。まぁ、もっと頂戴って思うほどやないけど。

 

 僕らが子供の頃の飲み薬ってめっちゃまずかった記憶があります。色も土色というか、何色というかもう形容のしようがないほどまずそうな色。特に僕が通ってた小児科は漢方薬を取り入れてるところやったので、かなりきつかったのを覚えています。僕の兄弟はみんなあれを飲んで、幾度となくもどしてたと思う、涙流しながら。

 

 で、あの手の飲み薬を我が家では「げぼ薬(ぐすり)」とストレートに呼んでおりました。まずさを表すにはなかなかグッドなネーミングやと思う。見た目が吐瀉物に似ているからというのではなかったと思います。まぁ、似たようなもんやけど。

 

 大人になった今では苦い薬も一瞬我慢して飲めば、その一時だけ辛い思いすればいいだけで済むと分かっています。が、子供にはその理屈が通らない。一瞬我慢するのすらイヤ。そこで、我が家では牛乳でうめるという作戦を採っていました。牛乳で割れば苦味もマシになるやろ、と。

 

 が、やっぱりまずいもんはまずいんですね。で、頑張って半分ほど飲むけど、あかん、もうちょっと牛乳入れて、となります。また頑張って飲むけど、やっぱりアカンわ、もうちょっと入れて。飲んで牛乳足して、飲んで牛乳足して、飲んで牛乳足して。実は苦痛は長時間に渡って続いているのだと気づくことなく、げぼ薬と格闘していたのでした。

 

 今はその経験を活かして飲み薬に限らず固形の薬も大概のものは水なしで飲めるようになりました。それはそれでやりすぎ。

 

 まぁ、でも、そんな苦労やらなんやらを経て、今の時代、薬もジュースや飴ちゃん感覚になってきたんでしょうねぇ。口の中で薬を舐め転がすなんて想像もつかんかったもん。チュアブルやて。

 

 「まぁ、薬でおいしかったいうたらぎょう虫を殺すチョコボールくらいやったなぁ。もう一個欲しいってよう言うたわ。」なんてしみじみ呟いたら、「うまくなかったやろ〜。」と弟につっこまれたのやった。

 

 やっぱり昔から味覚がおかしいのかも。とほほ。

カテゴリー
タグ

フレンチコース・クライシス

  • 雑文

 あれ、よう考えたら9回目やないか。次は10回目かぁ。いや、回数を問題にしてるんやなくて、第一話で10回続くかなぁ、みたいな話をしてたもんやから。もしかしたらこれが雑文の最後かもしれませんね。名残惜しさは募れども、まだ終わってないって。

 

 閑話休題。なんか最近食いもんのことばっかりやなぁ、なんて気がしますが、それはさておき。今日はフランス料理なるものを食べに「連れていって」もらった。自慢やないけど、「自前」で行った記憶はない。

 

 もちろん一品もあるけど、フランス料理いうたらコースのイメージがあります。懐石でいうたら先附とか八寸とかみたいなもんから始まって、汁物、碗物へと移り・・・。中途半端に和訳してもいっこも分かり易くなってないのだった。

 

 まぁ、細かいことは置いといて。コースいうだけあって、一回デンっで終わるわけではなく、ある規則に従って料理が次々と出てくる。大体ああいうのはアルコールを楽しみながらのんびり食べるもので、出す方もその辺を心得てゆっくり給仕するものらしい。が、中華のコースでも半時間もあれば平らげる竹内家の人間にとっては、とろくさいなぁ、と感じることしばし。

 

 いや、それは別にかまへんねん。今日は空いてたから早かったし。今回話題にしたいのは、途中で出てくるフランスパンのことなのだった。聞くところによれば、あの固さがほどよく咀嚼回数を高め脳に刺激を与えるらしいし、デッサンの時には消しゴムにも使えるらしい。たかが小麦粉を発酵さして焼いただけの割りには結構色々使えて便利やないか。

 

 いや、それもええねん、別に頭よくしたいなぁ、と思ってパンを食べてるわけやないし、食事中に紙ナプキンにデッサンするようなお洒落な人間でもないから。今日、というかいつも思うことやけど、あのフランスパンがうまいと結局パンがメインになってまうやん、と言いたいのやった。

 

 今日行ったお店のフランスパンはほかほかで出て来て、ほどよく柔らかく食べやすい。うむ、うまい、と思わずクッキングパパの荒岩さんみたいにうなるほどうまかった。ついでにバターもおいしかったので、パクパクパクと。料理の方のソースもおいしかったので、それを拭き拭き、パクパクパク。気がついたら5cmくらいの厚みのフランスパンを七個か八個平らげていたのだった。

 

 それだけ食べたらもうほとんどバゲット一本分やん。後で気がついてがく然としたのだった。まぁ、今日は連れていってもらうのが分かっていたので、朝昼抜きやったから一応全部食べることができたけど、それでも結構最後のデザートの辺りになると、ウッ、となってたのやった。普段ならメインの頃にはちびまる子風にたそがれてるはず。

 

 ま、こんな感じで今日もフランス「パン」を食べてきたなぁ、という気がしているのだった。料理はもちろんおいしかってんけど、それを上回る印象がパンに集中したとあっては、作った方はもちろんのこと、食べた方も値打ちないなぁ、思いますやん。ねぇ。

 

 もちろんそこはグッとこらえてやね、来るべきメインディッシュに向け腹、そうやなぁ、四分目くらいにして待っておけばええんやけど、根が貧乏性なのであるもんはとりあえず全部食べよう、食べるチャンスは全部活かそうと思ってしまうのだった。メインの後でも食べれるやん、とは思うねんけど、待てないのよねぇ〜ん。

 

 ま、でも、今日は出掛けに今はまってるヤマザキのチョコモッチを食べるのをグッとこらえただけ、生長したなぁ、と思ったのだった。まだまだ小学校高学年レベルやね、辛抱、こらえるってことに関しては。

 

 で、何が危機やねん、ってフランス料理のコースで出てくるうまいフランスパンはコースを食べる喜びを削いでしまうのよね、ということなのでした。この際フランスパンのコースを作ってもええかも。そないなると途中で出てくるフランスパンを食べすぎてメインのフランスパンを食べれなくなるやろなぁ。

 

 オチてる? 落ちてませんな。やっぱり今回が最後かも。とほほ。

カテゴリー
タグ