- 投稿 2000/03/13更新 2024/12/31
- 雑文
久しぶりに書いたと思えばいきなりこういうおっさんギャグ。行き詰まりを示すには十分過ぎる。さて、勢いでタイトルをつけたけれど、これからどうやって本文を書いていこうか。
藤井寺の駅前の商店街に「藤(ふじ)」という名前の喫茶店がある。松原の駅前には「松(まつ)」という喫茶店があるし、恵我之荘の駅前には「恵(めぐみ)」という喫茶店が、土師ノ里の駅前には「土(つち)」という喫茶店がある。それぞれ近鉄系列の喫茶店とのこと。もちろんウソである。ごくごく一部の人にだけ受けたかな、と思うけど、いかがでしょうか。
で、その「藤」という喫茶店に齢三十にして初めて立ち寄ったのだった、多分。ちょうど昼時、お腹が空いていて、何となく気分はカレー曜日だったので、メニューの片隅に載ってあったカレーライスを注文した。
所詮喫茶店のカレー、レベル的にボンカレーだろうと思っていたけれど、これが実は本格的に作られたカレーであることが判明。カレー好きの僕に思わずスパイスの調合をあれこれ考えさせるほどおいしいカレーであった。メリケン粉をルーに使ういわゆる英国系のカレーである。最近藤井寺界隈でおいしいものを食べる機会が減ったので、これは嬉しい発見であった。機会のある方はぜひお立ち寄りください。藤井寺駅の南手の方にあります。
本格カレーならば邪道ではないではないか。その通り。でも僕が今回書きたいのはそれについていた生卵のことである。あ〜、ちょいと待たれi(iMode風)。何事につけ(大きくピントのずれた)本格を求めている僕やけど、何も本格的でないからアカンというつもりはない。邪道には邪道の良さがあるし、そもそも邪道か否かは支持するものの多寡に依存するのであって本質的に本道とか邪道とかがあるわけではない。書いている内に何が言いたいのか分からなくなってきたけれど、兎に角、え〜と、とにかくカレーに生卵を入れるのってええ感じやんと言いたいのだった。
思えば僕が小さい頃はカレーに生卵は付き物やった。辛口は言うに及ばず、ボンカレーの甘口(というか、もはやあれはカレーでないような気もするけど)にすら生卵を割って入れていた。本来はカレーの辛さを生卵によって緩和しようというのが狙いであろう。
ところが生卵というのはチンしたらまたたく間に固まる上に暴発して掃除の手間を増やすくせに、ことカレーにぽとりと落としただけではなかなか固まらないという、なんとも偏屈な食品である。カレーに混ぜ込むとじょるりとした食感になってあまりいいものではない。ロッキーの気持ちがなんとなく分かる。熱々の温泉がいきなり水風呂になるかの如く、カレー本来の持ち味であるアチアチ感を奪ってしまうのもあまり褒められたものではない。そのような点から最近のグルメ志向の風潮の中では、カレーに生卵を落とすのは邪道とされているようである。正直なところ、僕も邪道やと思う。思っていました。
が、久しぶりに生卵を落として食べてみると、懐かしいのもあるけれど、これが結構いけるのやった。なんでかなぁ、と色々考えていたけれど、それは生卵のSサイズを利用することによって熱の低下を最小限に抑え、なおかつ辛い目に作ったカレーにほどよい甘味を加えることでまろ辛い味にするという喫茶店「藤」のおばちゃんのきめ細やかな心配りに寄るものであると判明したのだった。
これならきっと海原雄山も荒岩主任もミスター味ッ子も将太も納得するだろう。あ、将太は寿司か。なんでもやりすぎたらアカンのは当たり前であって、ほどほどがよい。今回のカレーに生卵も家庭で使われる大きめの卵を使ってカレーの種類を問わず入れたりするから邪道やと言われるのであって、うまくバランスを見極めればちゃんと本道になるんやなぁ、としみじみ思った次第。なんでも十把ひとからげにして単純にええか悪いかだけ考えるんやなく、それぞれの食材を活かしつつバランスを見極める目が必要なのではないか。
たかが生卵、されど生卵。そう珍しくもないものから物事の本質を垣間見た気がする・・・。やっぱりオチませんでした。